商品名
<説明>
肥田泰山造、石見銀山無名異焼。徳利2本、燕来図、陰刻。盃2杯、朱色(無地)、グレー(雲鶴図陰刻)。陰刻銘「以石見銀山無名異造泰山」とあり。
肥田泰山(ひだたいざん)(1856(安政3)~1947(昭和22))
名を馬吉といい、波根村に生まれた。生来、利口な少年で事業家を志したが、陶芸に興味を持ち、因幡国(鳥取)へ行き修行を積み、帰国して大森の陶家に雇われた。明治27年、39歳のとき、水上村に開窯して大森鉱山使用のる壺を作成し、同30年、同村白杯で石見焼と称して日用品を製作した。明治39年10月から翌40年2月にかけ、片野邇摩郡長の肝入りで松江の陶工松崎仙谷翁を招き製作指導を受けた。同40年5月には東宮殿下(大正天皇)が山陰へ行啓になり、無名異焼数点のお買上げを賜った。その間佐渡に渡り、無名異焼の製法を熟得し、石見銀山無名異焼を創始した。特に一刀彫りを施して「以石見銀山無名異造泰山」の印刻で名声を拍した。大正末期後廃窯したが、彼は遂にこの陶法は極秘として誰にも伝えなかったという。彼の芸域は幅広く、漢学、俳句、南画、三味、尺八に及んだと伝える。行年92歳であった。
石見の無名異焼
幻の焼物と称される石見の無名異焼。石見銀山産の鉱物「無名異」を原料に陶工の肥田泰山が1906(明治39)年頃から1943(昭和18)年にかけて製造された焼物です。銀山の山中より採取した無名異を水でこし、粘土を混ぜて練って成型し、時には彫刻を施して焼き上げられました。表面は無釉で堅く、褐色を帯びた赤色をしているのが特徴です。製品は茶器や酒器などの日用品が中心でしたが、中には龍や鳳凰が緻密に浮き彫りにされたり、松や鶴などが陰刻されるなど芸術性の高い作品も残されています。
無名異とは、赤い土:鉄物が多い赤い鉱物、昔の薬:大昔は血止めや胃の薬としても使われた。
| 商品サイズ |
徳利①
幅(cm)7.0 、奥行(cm)7.2 、高さ(cm)16.6 徳利② 幅(cm)7.0 、奥行(cm)7.0 、高さ(cm)16.6 盃①(朱) 径(cm)6.5 、高さ(cm)2.6 盃②(グレー) 径(cm)7.5 、高さ(cm)2.5 |
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| 備考 | この商品は、ご成約済みです。 |
| カテゴリ | ご成約済み 、 その他 、 取扱美術品 |